僕がスクーバダイビングのガイドや水中写真を始めた当時一番見たかった(撮りたかった)魚はマンタでもジンベエザメでもなく「ホムラハゼ」という小さなハゼの仲間でした。
今でも最も好きな魚の一つであるホムラハゼは図鑑で見るととてもカッコいいい魚です。
いつかは見てみたいと思って事あるごとに探していましたが、簡単に見れるような魚だったらそんなに見たいとも思わなかったでしょう。
そんな日々を過ごしながら、ホムラハゼ撮影のチャンスがやってきたのは2006年のでした。
当時はまだフィルムカメラで撮影していました。
僕よりも探究心の強いダイビング仲間が「砂辺」というダイビングポイントでついに見つけた!という情報をくれたのです。
その日の夜に電話で話しただけですが、お互いに数え切れないほど潜っている場所なのでつぶさに場所がわかるのです。
海の中での場所の伝え方は陸上と全く変わりません。
例えば同じ町に住んでいて、「○○銀行ってどこだっけ?」という質問に対して、「△△スーパーを右に曲がって100m進んだところにあるコンビニの向かい」などと説明すればわかるように、海の中でもお互いに熟知していればピンポイントでその場所を伝えることが可能なのです。
そのようにして友人がホムラハゼを見つけた夜に場所を教えてもらい、すぐ翌日に撮影に向かいました。
ところで僕はこれまでの人生で神が降りてたと思えるほど集中できたことが2回あります。
1回目は大型自動二輪の一発検定の7回目で合格した時。
それまでは緊張や力量不足のために何度も落ちていたのですが、その日だけは走り出したら不安や緊張は全くなく何もかもがスムースで、走り終えた時には結果を待つまでもなく落ちた気がしませんでした。
減点すらされてないほど完璧だったのではないかと思っています。
そして二度目の神降臨がこの日初めてホムラハゼを撮影した時。
ホムラハゼはサンゴのかけらなどが落ちている「ガレ場」と呼ばれる場所に隠れていることが多く、そのような場合には一人での撮影は難しいので、アシスタントとしてインストラクター仲間を誘って一緒に潜りました。
友人に電話で聞いた場所では「この下にいる」というサンゴのかけらの場所までわかっていました。
まずは慎重に少しだけそのかけらをめくってみると、
いた!
間違いなくホムラハゼです!
そして一旦そっと戻して気持ちを集中。
カメラのセッティングを確認。
当時はフィルムカメラ(Nikon F100)に105mmのマクロレンズをつけて、ストロボは1灯TTLオートで使っていました。
撮影機材としてはかなりシンプルです。
露出モードはM(うろ覚えですが、絞りは11、シャッタースピードは1/125、ISOは100だったと思います)。
露出はストロボがTTLなので、ほぼストロボ光で撮影するセッティングです。
ピント合わせもマニュアル。
先ほど見たホムラハゼ(被写体)のサイズを確認し、同じような大きさの石ころなどを利用してMFでピント位置を決めます。
そしてストロボの角度を調整。
これで準備万端。
一緒に付き合ってもらったインストラクター仲間に、潜る前に打ち合わせていた通り、僕が指差したサンゴのかけらをできる限りそっと持ち上げてもらいます。
ホムラハゼは驚くと「瞬間移動ではないか?」と思えるほどのスピードで岩の隙間などに隠れてしまうので、撮影できるチャンスはおそらく1回。
シャッターを切れるのはおそらく数回でしょう。
つまり失敗は許されない状況です。
そんな中で、いよいよ仲間にサンゴのかけらをそっとめくってもらいました。
いつでもファインダーを覗ける位置にカメラを構え、サンゴのかけらが持ち上がっていくのを待ちます。
いる!
そしてホムラハゼを驚かせないように、そっとカメラを構えてファインダーを覗きます。
距離感は事前にリハーサルしてあるので、すぐにファインダー内に被写体を捉えることができました。
そしてピョコピョコと動くホムラハゼの目に置きピンでピントを合わせてシャッターを切ります。
すぐには逃げなかったので、ストロボのチャージ時間を考えて少しゆっくりめに次のシャッターを切りました。
このようにして4回ほどシャッターを切ることができ、その後ホムラハゼはピョコピョコとゆっくり進みながら岩の隙間に消えていきました。
次のかけらをめくればもう一度見れる(撮れる)かもしれません。
だけど僕はそうしませんでした。
理由は二つ。
一つは「確実に仕留めた確信があったから」。
もう一つは情報をくれた友人が次に来た時にもその場にいてくれるように(彼も写真が撮れるように)これ以上はホムラハゼにストレスをかけたくなかったからです。
そのダイビングの後半に何を見たり撮ったりしたかは全く覚えていません。
とにかく早く帰ってフィルムを現像に出したかっただけです。
帰るとすぐにフィルムを取り出して、当時即日現像してくれる店に走りました。
夕方には現像が出来上がり、人生で初めて、そして当時水中で最も撮りたかった被写体がそこにはしっかりと写っていました。
その後はデジタル時代になり、ダイビングの経験も積み上がり、情報もたくさん入るようになって、何度かホムラハゼを撮影するチャンスに恵まれました。
カメラマンとして市販の図鑑に使ってもらえるような精度の高い写真も何度か撮影していますが、やはり初めて撮影した時のことの方が鮮明に記憶に残っています。
そんな思い出のある被写体の一つが今回紹介したホムラハゼです。
その後に撮影したホムラハゼを何枚か紹介します。
FUJIFILM S5Pro&105mmマクロ&ストロボ1灯(マニュアル露出,f/11,1/250,ISO100)
講談社図鑑「MOVE魚」に掲載
FUJIFILM S5Pro&85mmマクロ&ストロボ1灯(マニュアル露出,f/13,1/250,ISO100)
Nikon D300&85mmマクロ&ストロボ1灯(マニュアル露出,f/11,1/125,ISO200)
Nikon D300&85mmマクロ&ストロボ1灯(マニュアル露出,f/11,1/125,ISO200)
Nikon D300&105mmマクロ&2×テレコンバーター&ストロボ2灯(マニュアル露出,f/5.6,1/125,ISO200)